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日々の雑感

忍びの里、伊賀の地より。オーガニックとは? 「本物」はどこに?

「老い」について。

昨晩から点滴の影響もあって
ほとんど寝ていない状態です。
(気管拡張剤は動悸を早くする。)
でも未明にストレッチをしたりしてたら
呼吸もだいぶましになって。
調子はいい。

しばらく身動きできなかったこともあり、
今日は補助金の整理を一気に。
ミラノ万博とか、相可高校とか、
色々なものが融合して訳分からんことになった
農業体験イベントシリーズの後始末です。
http://farmers-workshop.jp/
帳尻合わせて作文して資料あつめて
領収書もらいに走り回って…。
ふぅ。

まだそれなりの作業量は残っているんですが、
しばし現実から逃避を。

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昨日のエントリーを改めて読み返していたら、
勢いだけで書いていることもあり、
うまく表現しきれず、手の間をすり抜けてしまうこと、
あらぬ方向に捉えられてしまうだろうなってことが、
けっこうあるように感じたので少し違う角度で。

自分を解放することは、「力」を与えてくれる。

若くピチピチ生きているときは、
その「力」に物を言わせて、
空を自由に駆け巡ることができる。

やがて恋をし、子を為して親となり、
養い、育て、伝え、譲る、
そんな道を選び進みゆくうちに、
「老い」を知る。

生きることは、エントロピー増大に抗すること。
生涯で最大の力を得るときには、
人は宇宙の流れを押し返すことさえできる。
それが創造であり、生産というもの。
だが遅かれ早かれ「老い」と「死」は必ず迫ってくる。

全力で流れに逆らって泳いでいるつもりでも、
ゆるやかに大河の流れに押されていくという状況。
そういうときがやがてくる。

生きていれば、ごみや排泄物を出すし、
そいつを整理して身を整え続けることは
人生の一断面と言えるだろうが、
それが次第にできなくなっていくのだ。

何とかしたいのに、してきたつもりなのに、
気付けばごみの山に埋もれている自分に気づく。
それを拒絶し続けるのか、どうするのか。

文字通り糞まみれになることだって
巡り合わせによればありえますよね。
ボケるかもしれないし。
そりゃきっとカッコよくはない。

それでも泰然と、
今を生きる自分の位相を受け止めて、
自分なりのリズムで、
そのときそのときを
歩み続けることができるかどうか?
命を全うできるかどうか。

「こころある道」はやさしい。

道を歩くうちに、
人は人と出会い、
親から譲り受けたもの
そして全ての先人たちから預かったものを
世界に還していく。
愛しい人たちに。
大切な人たちに。

生きることとは、
リレーでもある。

手渡し、手渡されて。

悩んでもしかたない。
今を生きる。
一生懸命。
そして信じる。
人を。世界を。

単純に、そのほうが、
やさしい道だということ。

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人類とか、日本人とか、
ぐっと大きい位相でみたとき、
僕らはきっとピチピチ若い、
ぐいぐい上がっていくフェイズじゃない気がする。
きっと多くの人がそう感じてる。

無理に若づくりしなくていい。
今の僕らには僕らの生き方があるんじゃないか。
向き合うべき日々のいのちがあるんじゃないか。

諦めることじゃない。
確実に一歩一歩を歩くだけ。

そのほうがカッコよくない?
僕はそんな気がする。

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まぁ~色々あった。
楽しいからやってんだよな。

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