日々の雑感

忍びの里、伊賀の地より。オーガニックとは? 「本物」はどこに?

依存症とつながり

 

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気づきを促してくれる動画でした。 

薬物中毒の原因は何か
変な質問かもしれない
そう薬物が薬物中毒を起こすのだ。

仕組はこう
麻薬を20日間使用した場合
体はさらに麻薬を求めるようになる
それが中毒だ

いや実は違う
中毒への正しい認識を持とう。

もしお尻を骨折したら入院して
モルヒネを数週間打たれる
モルヒネは麻薬だ
こういうのは道端で買うより強い
売人は薄めて売っているからだ
今も病院で人々は麻薬を打っている
中毒にはならないのか?
大丈夫そうはならない
おばあちゃんも薬物中毒にならない
なぜだろう?

20世紀からの一連の実験により
中毒の理論は作られた
単純な実験だ
ネズミを檻に入れ水を2つ置く
普通の水とコカインを混ぜた水だ
するとネズミは麻薬入りの水を飲み
やがて飲み過ぎて死んでしまう

しかし1970年代にある心理学者が
実験に疑問を持った
なぜ1匹で実験するのか?
孤独なのではないか?
違う環境ならどうなるのか?

そこで彼はネズミの楽園を作った。
広い芝生におもちゃや遊び場
友達も恋人も作れるようにした
ネズミの夢の国だ
そしてここに2つの水を置いた
結果は違った
ネズミは普通の水を飲んだのだ
快楽の誘惑も中毒死もなかった
ネズミだけだろうか?

人間にも同様の事例がある

ベトナム戦争だ。
当時米兵の20%が麻薬を使った
終戦後 国に中毒者が溢れるのでは
という心配がなされていた。

しかし追跡調査でそれは否定された

中毒にも病気にもならず

95%が麻薬の使用をやめた
古い理論ではこれは説明できない
心理学者の理論なら説明できる

異国の地で恐ろしい状況に置かれ
緊張しているときは
麻薬が欲しくなる
だが家族の元に戻ったとき
人は最初の檻から出て
楽園へと入ったのだ
化学ではなく檻なのだ

中毒の認識を変えよう
人間には繋がりが必要だ
幸せは人との繋がりの中にある
それができないと人は孤独を感じ
別の安らぎと繋がろうとする

延々とスマホを見たり動画を見たり
ゲーム、掲示板またはコカインへ
そうすることが人間の本性なのだ
不健康な繋がりを断つには
健康な繋がりを持つことだ

中毒は繋がりの危機を示す症状だ
現代もそう
アメリカ国民の親友の数は
年々減っているという
一方で一部屋の広さのほうは増えている
友情より部屋の広さが大切だろうか

1世紀に渡る麻薬戦争は今が最悪だ
人を助けるというより
追い出している
一度麻薬に手を出した人は
社会からより遠ざけられて
文字通り檻に入れられる
孤独を感じる状況に置かれ
憎悪が向けられる

中毒は個人の問題だと語られてきた
しかし現代においては
社会で語るべきだろう
私たちは楽園を作る必要がある
孤独の檻は必要ない
人は互いに歩み寄ることで
互いを再発見する

中毒の反対は正常ではない
中毒の反対は繋がりだ

 

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感情のバランスを崩して

誰かや何かにのめり込み過ぎるとすれば

それはきっと、「つながり」の喪失に由来している。

 

寂しいからこそ

手離せなくなる。

 

寂しいからこそ

独り占めしようとする。

 

ほんとうは皆つながっているのにね。

 

諸行無常。

万物は流転する。

 

べったりと依存するつながりではなく

こんにちは、さようなら、

ありがとう、どういたしまして、

そうやって心を通わせながら

さわやかに生きていきたい。

 

ひととひととの関係を

お金なんかで割り切らない。

 

わが身の不安を解消するために

周囲の人間を奴隷にしない。

 

一期一会を大切に。

 

ひとも自然も、

全てが一つの大きな

つながりのなかにある。

 

いのちを与え、頂きながら

僕らは日々を暮らす。

 

皆がこころ豊かにあれますように。