日々の雑感

忍びの里、伊賀の地より。オーガニックとは? 「本物」はどこに?

「投資」のあるべき姿とは?

投資家・藤野さんの投稿。

悩みに悩みながら道を歩んできた僕にとって

心底勇気づけられる内容でした。


インスピレーションを得て、

僕らが進むべき道が見えてきたような気がします。

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お金は社会の血液。

有機統合体を構成するひとつひとつの細胞の

生命活動(いのち)を支える機能を果たせるよう

適切な配分を行っていくことこそ金融の使命。


そのことを忘れ、自己増殖に勤しむ個体があるとすれば、

それは癌と呼ばれる存在形態であり、

統合体全体を滅ぼす彼らの活動は許されるべきでない。


社会を構成する健全な細胞たちは、

遅ればせながら抵抗反応を示し始めているし、

統合体全体を守るための連携は、

じわじわと、でも確実に広がっている。


無尽蔵に要求のレベルを上げていくばかりの

「顔無し」の活動に同調するのはすっぱりやめて、

自らのなかにある「愛」の力を高め、深めることで

孤独な人達を包み込んでいきたい。

そんな力が与えられんことを。


願わくば、巧妙に装われた上辺の姿に騙されぬよう。

真贋を見抜くことができるか否か。

共に歩むのか、拒絶するのか、

「決める」ことは激痛を伴うこともあるけれど、

このプロセスなしに僕らが前に進むことはない。

.
顔無しの彼らが強奪し、脅迫し、貪り続けるのは、

世代を超えて伝染される愛の欠如、孤独ゆえ。

いのちの豊穣さを諦めて、絶望と甘えに身を委ねきり、

己の「生存」に集中する彼らの寂しさが世界を浸す。


日常の「処理」の世界に没頭するなかで、

己の欲望を自己制御できなくなっていく、

そんな【餓鬼】の群れ。そして、群れ。


呪いが解かれ、成仏されるまでは、

彼らを安易に許し、甘えさせてはならない。


強迫症的(全/人のため~共同体中心)であるか、

分裂症的(個/自分のため~自己中心)であるか、

男性性優位か、女性性優位か、陰か陽か。

置かれた環境のなかで、己の位置や役割を感知し、

内在する両極のバランスの感覚を磨きあげよう。


生きることは、学ぶこと。

僕らは僕らに与えられたこの感受性に賭け、

それを磨き続けていくのだ。

いのちの豊かさを素直に、全身で受け止めて、

今日を未来へつなぎ、次代のいのちを育んでいく。

それを支えるのが、夢であり、希望である。


いのちは与えられ、与えるもの。

その豊穣さを知れ。


血の通った社会をつくるために。

僕らはただ淡々と、この道を歩きつくす。

 

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  以下藤野氏の投稿(2件連投)の全文

私は投資の素晴らしさやよさを伝えています。銀行員や証券マンに誇りを持って仕事をしようと。そして個人投資家の方には投資はお金でお金を稼ぐ汚いものではないんだと。
でも、非常にしばしば、同業者で酷い人を実際たくさんみます。人間的に酷いし、また考え方も酷いし、行動も酷いです。私が仕事をし始めてから、この業界には泥棒なような人がたくさんいました。でも素晴らしい人も少なからずいました。しかし最近はあからさまな泥棒のような人は減りましたが、でも尊敬できる人はもっと少なくなりました。小悪党とそれを知りつつ黙って行動を観察する「静かな共犯者」がすごく増えています。
まあそもそもそういうのが嫌で独立したというのもあります。実際に、お前は甘くてよいことを言っても儲けられない、と陰に陽に陰口を叩く人、たくさんいるんですよね。今でもいます。というか無数にいます。残念ですが。
だからこそ、心の底では騙して儲けるのが金融業だと思っている業者の人よりも社員にたくさん給料を払いたいんです。社員には業界最大手なみの給料で業界大手よりストレス半分の会社を「目指す」と言ってます。だいぶ近づいてます。まだ足りないけど。
そのためにはまずは当社がそのような気持よく働いて楽しく働き、大手と同じくらいの給料をもらえる会社にならないといけないですよね。そうじゃないと、人を騙したり、つらい思いを社員に強要するのが一流会社だという暗黙の了解を変えられない。
またぬるいことをいいやがってと思う人が多いのわかるけど(業界的には)、でも、このようなことを吠えることができるのも独立している会社の強み(強がり)です。

 

私は起業して決めたことがあるんです。
気持ちの良い仲間と楽しく(力を尽くして)仕事をする
この原則を貫こうと。私達の社員は原則ものすごい働き者で、そして顧客に徹底的に尽くします。そのことはとても誇らしい。けっしてレオスは私の会社ではもうないんです。調査も営業も本当に社員の意図たちが献身的に働いてくれている。
でも、それはリスペクトできる顧客、リスペクトできる販売パートナーだからです。気持ちの良い仲間であれば、どんなに肉体的にハードであっても、頑張れます。一方で、販売パートナー側がパワハラ、セクハラ、モラハラ、業者いじめのようなことをするならば、どんなに大きな販売パートナーであり、それを失うことで利益を失っても、会社や社員を守ります。その意思決定ができるのが当社の強みです。
前も話したかもしれませんが、ある大手の銀行でこのようなことがありました。
「ひふみはすばらしい成績です。これを導入したら地域のお客様は喜ぶでしょう」30代後半くらいの商品選定の中堅の幹部にそう言われました。
私はすごく嬉しくなりましたが、次の言葉に耳を違いました。
「お客様がもうかるかどうかは私には関係ない」
びっくりしました。
さらに次の言葉にもっと驚きました。
「当行が儲かるかも関係ない」
おもわず、私はその人の顔をじっと見ました。
「私と何回会うかですよ」
といってゴルフをする真似をしました。接待を暗に要求しているんですね。もちろんそんな相手とは【絶対に】仕事をしません。よいことが起きるわけはない。接待で取ったら接待でひっくり返されるし、そこに顧客目線はありません。
大昔の話ではありません。2~3年前です。
仕事を志事といいかえる人がいます。単に仕えるのではなく志の実現だと。それはとても良い言葉です。でも私は仕事の本質はお客様に仕えることだ思っています。でも、誰にでも仕えるわけじゃない。そこには相互信頼が大事だと考えています。だから、私たちはリスペクトできる顧客や販売パートナーには徹底的に仕える。逆に顧客に対するリスペクトがなく当社の社員に単なるいじめに近いようなことをする販売パートナーは「パートナー」ではないので、どんなに大きかろうがお断りです。
今日もそのようなシーンがありました。でもこの原則は揺るがないんです。そしてそれが結果的に運用の質を担保すると信じています。甘いかもれないけれど。

 

躁鬱を抱えて生きる~【全能感】を求めるこころをどう導くか

p-shirokuma.hatenadiary.com

昨日、この記事を読んでいて、
あ、オレ間違いなくこれやな、と思った。
身近で僕を見ている人はきっと同意してくれるだろう。

病名がついたからといって、どう、
という訳ではないのだけど。

コントロールしがたい自分の日々の振る舞いについて、
多少なりと客観的な認知を深め、
今後の身の処し方についてヒントを得た、という感じ。

ただ、案外センシティブにならざるを得ないのは、
「病気だから」と社会的に合法な「言い訳」を得て、
安心感を得ることへの拒絶感があるから。

「こいつ何だかようわからん奴で、ちょっとイライラするなぁ」
てな風に思っていた人が、「躁鬱」というレッテルを張ることで、
あぁそうかこいつは病気か、と思って安心されると、
何だかちょっと居たたまれない感じがするのだ。

人が自分と異なる存在に気づき、この世界の多様性を認めながら、
それでもそれぞれ本当に自分らしく生きていければいい。

そんな「自立と共生」の道を模索してきた以上、
こういうところの緊張感を保っていたい。
「尊厳」の問題として。

「年寄だから」「女だから」「子供だから」「障害者だから」
と安易にカテゴライズすることも、されることも拒否していたい。
マジョリティ、力を持つ側の無感覚な安逸が嫌いなんだ。

ひとつの「個性」が生まれ落ちた文化・経済状況のなかで
どんなふうに展開され、現象していくのか。
つまり、どう生き、どう死んでいくか、
それをただ、まっすぐに受け止めていたい。

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一昨年の秋に喘息で大きく体調を崩してからというもの、
以前のようなパフォーマンスを出せない自分と向き合い続けている。

かつてはギリギリまで遠くから状況を眺めておいて、
最後の最後に追い込みを掛けて、土壇場で踏ん張り、
結果的として期待値以上の答えをパーンと出す、
そんなスタイルを信条にしてきた。

ある意味、そういうところにナルシスティックな
「カッコよさ」を感じてたのだと思う。

どうやらそれは、学生時代から続いてきた悪癖で、
学校の授業は集中して聞くけど、あとは一夜漬けで
さらっとこなし、わりと良い成績を修めることができた。

日々コツコツ努力、っていうように、
安定した日常を組み立てるのは相変わらず下手クソだ。

大学で論文書いたり、企業でも開発に没頭していたときは、
息の長~い、答えの分からない創造的な作業に取り組んでいた。
中心軸となる大きなテーマは絶えず底流に置いて考え続けつつ、
日常はいつだって大きな振れ幅で、一喜一憂を繰り返してきた。
振り返ってみれば、僕はいつもそういうスタイルで生きてた。

大事な会議とか、ここ一番というときは一気に集中力を高め、
最大限の成果を出すようにする。
多少滑ることもあったが、概ねそれで乗り切ってきた。

就農して、フルに現場で百姓をやっていた間は
そんなこと考える間もないくらい常に
日々の作業で追いまくられてた。
身体はキツかったけど、基本、モノづくりの仕事だ。
精神的には今と比べれば遥かに健全な日々が続いていた。

だけど協議会の運営、生産法人化、流通組織の設立~経営、
などと仕事が高度化していき、多様な人を統合する仕事が増える。
役所や銀行のような「公―おおやけ」との関わりも深くなる。

そして、行きがかり上、地域への放射性がれきの持込の是非など
ほとんど解のない、互いに歩み寄りをできない(しない)、
「無理ゲー」の調整役をやったりするうちに、
だんだんとテンション挙げて乗り越えなきゃいけない壁が
高く高くなっていってしまったのだ。そして孤独は深まる。
切れる寸前、という状況を繰り返すなかで磨滅していく自分。

政治ゲームは強烈な「躁」で突っ走らない限り
抜け切れないね、今僕らが置かれた社会の構造上。

皆が腹積もりをぶつけ合い、妥協しあいながら、
状況をともにつくっていくのであればいいのだけど。

下駄を預ける人達は文句を言ったり、
自己アピールをするばかりで、
現実的な解を社会全体で作っていく気はない。
井の中の蛙、閉じた共同体をつくるばかり。

一方の権力サイドに立ってしまった人間は、
ひとつひとつの命のことなど処理する対象としか見ず、
煩わしいものだから、情動を計算して静かに事を運ぶ。
粛々と、ってやつ。

どうすればちゃんと繋げるんだろう。
社会を統合できるのだろう?
ただひたすらそれを考え続けてきたように思う。
そしてそのための事業のあり方を考え続けてきた。

時に絶望しながらも、手綱を握っている事業については
転がし続けなければ、と踏ん張りながら、
明るくやらなきゃ意味がない、と、
向き合い続けてきたのだけれど、
結局、最後はこころと身体がクラッシュしてしまった、
ということなのだろうな。

 

でも、これって、僕だけの問題なのか???
僕自身のなかの重要な課題ではあるけれど、
同時に社会のなかで、ひとりひとりが抱える課題。

「全能感」を持ちづけたい。

という、「全」から切り離されて
「個」として存在しているが故に
生まれ出ずる悲しき欲望。

「力」を求め続ける人の群れ。

「等身大の自分を生きる」ということが
今ほど難しく、さりとてここまで重要になる時代は
未だかつてなかったのかもしれない。
同じ著者のこんな記事も…↓

p-shirokuma.hatenadiary.com

 

 

で、ま、ペース保ちながら、
そこそこ息をいれながら、今はやってます。
ギリギリではあるけれど。
今回の気づきを元に、改善できることも色々ありそうだし。

ゆっくりかもしれないけれど、少しずつ出来あがってきた、
「生きたチーム」が今の僕を支えてくれている。
そのこと自体が僕にとっては大きな救いだ。

そこはもう、ただ感謝あるのみ。

ともかくも、明日もまた、生きていこう。
歩いていけば、きっと何とかなる。
そう思える限りは、大丈夫。
慌てないこと。慌てないこと。

胎動

 

自分のなかから、何かが生まれ出ようとしている。

 

僕が長らく続けてきた

「自立と共生」を追求する旅は、

これまで想像もしなかったような形で、

今、新たな展開を見せようとしている。

 

この流れが僕をどこへ運んで行こうとしているのか、

正直のところ全然分からない、というのが実際だけど、

もう身を任せてしまうしかないのかな、と思う。

 

無為。

 

今はただ、淡々と知的整理の作業を繰り返している。

これから生起してくる出来事に備えるべく。

過去を振り返る。アーカイブを整える。

そうして歴史の深淵を覗きこむための

言葉を研ぎ澄ましていく。

<道具のメンテナンス>だね、これ。

 

大丈夫。

 

事態は徐々に追い付いてきたようだ。

未来は明るい、そんな気がする。

 

12年以上前の自分のメモを振り返りながら

個と全体のあり様について何度も何度も考えている。

 

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2004/1/16 (Fri) 永遠の仮象

それは一体いつだったろう?
人が「個」を前提として生きるようになったのは?
有機的に繋がれたシステムの運動の断片であることを止め、
自由な意志を持つ主体を信じるようになったのは?

生命はその誕生のときから「個」としての機能を内蔵してきた。
時を生成し、全てのものを拡散させていく宇宙のなかに、
局所的にその流れに逆行する領域が形成され、
その境界が一個の生命体を規定した。
この生命運動は宇宙の流れに押し流されるどころか、
次々と新たな領域を獲得していった。
運動はゆるやかに束ねられ、二重三重に連なり、
複雑な境界の階層構造を形成するに至る。

だが境界内部の構造は外部との相互作用なしには維持し得ぬ。
否、生命運動とはそもそもその作用のあり方を指すのだ。
周囲の時間を加速することで、己の時間を緩めあるいは逆行させること。
生命はいつだって関係そのものである。

たとえ人が一つの境界の階層を「個」として捉えるとしても、
現実的にはその「個」はネットワークの結節点に過ぎない。
人間同士のネットワーク ~ 社会
他の生命とのネットワーク ~ 例えば食
非生命とのネットワーク ~ 例えば呼吸

 

今日、僕が考えておきたいのは人間相互の関係のこと。
柄谷行人の言葉に着想を得て、自分のなかに育ってきたイメージを
一度言葉に落としておく必要性を感じていたんだ。
関係の中でやりとりされるもの、つまり交換媒体について。
僕は暫定的に次の4つの交換媒体(交換されるもの)を想定している。

① 互酬、恩義の感覚:
 持ちつ持たれつ。水平的。夫婦、兄弟、お隣さん、同僚。

② 支配・被支配:
 守護と導きに対して隷従で応える関係。垂直的。親子、師弟、上司と部下。

③ 貨幣:
 交換を行なう人の生活上の必要性に応じて生じる「価値」の物差し。
 ものさしでありながら、同時に「等価」なものを交換するための媒体。
 蓄積可能で資本へと転化する(「個」による所有)。

④ 言語:
 生きていくために必要なものを得るために他者にその願いを伝達する媒体。
 無意識の伝播機能(テレパシー・非言語コミュニケーション)
 の不足を補うために生じる。
 蓄積可能で文化や知へと転化する。(集団による所有)。

ここで提示するそれぞれの交換媒体は独立なものではなく、
またそれ故非等価的で、必ずしも同一位相にはない。
①②は無意識的(感情レベルのこと)かつ没個的。
③④は意識的かつ個を促進するもの。
③貨幣や④言語を利用して展開される運動には
必ず①互酬、②支配・被支配の感情が背景に働いている。

始原状態を考えてみれば、③④は恐らく①②の進化形態だと思われるが、
現代の現実局面では①②は既に③④を内包してしまっている。
貨幣は最初、互酬を想定して交換されるが、やがて支配・被支配をもたらす。
言語は「切り取る」構造から支配の色が強いが、結果的に水平展開しやすい。
だが③④両者ともその蓄積によって権力構造を形成することに違いは無い。

 

交換媒体のこうした分類法がその力を発揮するのは、
そのそれぞれが用いられる関係の集積体が、
僕らが日常的に経験する社会システムのありかたを規定するからだ。

① 共同体(生活共同体)
 互酬の感覚を基本交換関係とする集団が共同体の原型だ。
 日本的会社システム。ムラ。

② 国家
 支配・被支配の関係は必然的に権力構造の形成へと導く。
 国家。イエ。

③ 資本主義
 貨幣を媒介にした関係の運動は、必ず資本主義を生み出す可能性を孕む。
 資本主義とは貨幣の蓄積増大のための自己運動であり、
 増殖のための再投資が図られ続ける。
 なお貨幣が死蔵される場合、それはもはや資本主義運動ではない。
 (いくら低利でも銀行に預ければそれは投資である。⇔箪笥貯金)

④ 文化(言語共同体)
 一つの言語を交換媒体とする集団は「文化」を形成する。
 生成の仕方を考えれば、生活共同体を土台にして生じるのは明白だろう。
 なお、ここで僕が注目しているのは英語とか関西弁という
 具体的な言語そのもの (シニフィアン=意味するもの)というよりも、
 むしろそれによって表現されているもの(シニフィエ=意味されるもの)
 であることを付記しておく必要があろう。
 方言や言語を持つ地域社会。民族。イデオロギー・パラダイム共有集団。

ちなみに柄谷が模索している「アソシエーション」とは、
①~④の全ての交換形態を蕩棄していくことによって
作り出される何らかの社会システムのことである。
具体的には世界宗教にそのヒントを求めることができるだろう。
交換そのものを一旦廃棄し、あらためてそれを実現する、
そんなダイナミックなプロセスの継続が必要だということ。

 

さて、僕が今日、本当に考えたかったのは実はここからなのである。
すなわち、交換媒体がはらむ永遠への幻想について。
これについては岩井克人の幾つかの著作から着想を得ている。
僕らが柄谷の言う「アソシエーション」を目指すとき、
これら全ての交換形態を蕩棄しながら、それを再び回復せねばならない。
このプロセスによって一体どんな出来事が起こるというのだろう?
そこに焦点を当てるためにも、「永遠の仮象」の問題を考える必要がある。

先に挙げた①~④の全ての交換形態に共通するものが実はある。
それが交換そのものを成立させるための必要条件となっている。
交換媒体が交換媒体として永久に使用可能だという共同幻想。

何故恩義のシステムが機能するかといえば、
自分が相手に何かをしてあげれば、相手がそれを恩義に感じ、
やがていつの日かそれを自分に返してくれると信じているから。

何故支配・被支配のシステムが機能するかといえば、
自分が従順にしていれば自分は永久に庇護されると信じているから。
自分が正しく支配していれば、それに見合う奉仕を受け取れると信じるから。

何故貨幣のシステムが機能するかといえば、
相手がいつだって貨幣を受け取ってくれると信じているから。

何故言語のシステムが機能するかといえば、
相手に自分の言葉が伝わるはずだと信じているから。

それは全て幻想に過ぎない!
交換に関わる人間同士がいつもその幻想を支えあっている。
その幻想に綻びが見えたとき、そのシステムは一気に崩壊する。
僕らはいつだって、そうした危ういものの上を生きている。

 

この不安は実は全ての人に(少なくとも無意識的には)感知されている。
だからこそ多くの人はより確かな安定を与えてくれる
「永遠」の欠片を求め続ける!
皆がこの不安を抑圧し続けることによってこそ、
この永遠幻想によって支えられた交換媒体は機能していく。
媒体は着々と蓄積され、ムラを、国家を、資本を、知の体系をつくりだす。

様々な交換形態によって仮象された「永遠」は、
僕らの生を次々と疎外していく。
疎外された人間はその生命力を失い、更なる不安を抱かざるを得ない。
負のフィードバック機構がここから逃れることをどんどん難しくする。
不安を原動力とした永遠ゲームはいつまで続く?
ババを引くのは誰?

僕らの解放は、そして「アソシエーション」の実現は、
この馬鹿げた遊びからの脱却によってしか為されない。
だけどそれはどうやって?

 

実はそれはそんなに難しいことじゃないと僕は思っている。

今、ここで、ただちに出来るんだ。
周囲の人と連帯しようなどとしないこと。
それはもう、共同体に呑まれている。
社会なんて変えようとしないこと。
それはもう、国家に呑まれている。
金を集めてばら撒こうなんてしないこと。
それはもう、資本主義に呑まれている。
完璧な論理によって説明し尽くそうなどとしないこと。
それはもう、言語に呑まれている。

そうした全ては、解放された結果として起こるのだから。
駄目だよ、そんなことしちゃ。

ポイントはただ一つ。
今を生きるということだ。
「目的」などという、先延ばしの習性を廃棄すること。

 

空を見よう。頭を空っぽにして。
ゆっくりとお茶を啜ったりして。
食事をつくって、味わって食べて、
洗濯して、掃除をして、それから歌を歌ったり。
身体を動かそう。身体とともに生きる。
目を見て、しっかりした声をだして話をしよう。
朝起きて今日の計画を立て、夜寝る前に今日の出来事を振り返る。
幻想を意識的に創りだそう。
抑圧された無意識としてではなく。
己の従うべき倫理コードを確立させよう。
感情を抑圧するのではなく、
喜び、怒り、泣き、笑って、踊ろう。

そうしたことを馬鹿げてると思うあなたは可哀想。
永遠ゲームの駒として生きるあなた。こっちへおいで。

 

こうして語る内容は、皆「当たり前」のこと。
昔々から、多くの人が自然に語ってきたこと。
繰り返しになるけれど、
周囲との連帯も、社会の変革も、経済的なやりくりも、知の構築も、
全て僕らの充実した生の「結果」として起こってくることだから。
慌てなさんな。ちゃんと進んでる。

「アソシエーション」なるものの実現に際しては
世界宗教がヒントを与えてくれると書いていたが、
それは宗教の中にここで語ったことのエッセンスが、
ギュウっと凝縮されて詰まっているからだ。
容れ物から作るのではない。僕らは神じゃないから。
僕らはいつだって僕らをつくることから始めるんだ。
「自然体」って案外難しかったりするけど、それを探すこと。
それが最近流行の「自己組織化」ってのに繋がっていくから。

 

一歩。また一歩。

 

永遠の呪いから逃れ、
永遠の仮象を振り払うとき、
永遠は向こうからやってくる。

 

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僕のなかのアメリカ

米国の大統領選に関連したことをつらつらと考えるなかで、

アメリカに纏わる感情や思考が湧いてきた。

記憶に蘇り、駆け巡っていく残像。

消え去らないうちにざっとメモ。

コミュニティとは?
多様性とは?  
共感とは?  
時代を切り拓くとは?  
幸せとは?  
 
-------    
①留学していたときの南部の小さな町のコミュニティ   
僕がいたのはAlabama州にある、人口2-3万人程度の     
”Selma”という小さな町だ。   
古くは奴隷を沢山使った綿花のプランテーションで栄え、   
後に奴隷解放をテーマにして戦われた南北戦争の激戦地であり、   
マーチンルーサーキングが公民権運動で
決死の行進をしたことで有名だ。   
30年近く前、Kennedyが大統領だったとき、
僕の母はこの町に留学した。     
母の友人のつながりを頼って、
僕もここで一年間ホームステイさせてもらい、     
同い年のホストブラザーと一緒に、
白人黒人半々の公立高校に一年間通った。     
ホストファミリーは地域のエスタブリッシュメントに
属する家族(もちろん白人)。
週末は英国国教会系の聖公会の教会に毎週通い、
聖書を読み、讃美歌を歌う。      
子供たちは子供教室に参加して
社会道徳や人生の悩みについて語り、     
あるいはメンターに導かれながら、
個々の倫理を身につけていく。     
ときおり大自然の真っただ中のキャンプ場や別荘に行き、     
ギターを弾いたりして、それはそれは豊かな時間だった。     
暖かいコミュニティに護られ、支えられ、育てられていく     
感覚を僕はそこで学んだように思う。
 
②白人黒人闘争勃発の記憶     
しかし、僕の通った公立学校は大きな火種を抱えていた。     
まさにその年、町は初の黒人の教育長を迎え、     
町はいつもピリピリした空気が漂うようになっていた。     
始業式では、後に副大統領候補となった
黒人の精神的指導者ジェシー・ジャクソンが講演をし、
火を噴くような激励の言葉を投げかけていたのを覚えている。     
学校の授業はコースによって
大学と小学校ほどのレベルの差がある。   
もちろん、クラスのメンバー構成は
所得階層、人種などを色濃く反映する。     
そして、「それ」は起きてしまった。     
年の半分を終えたころ、
クラブ活動の遠征中の不祥事への処罰で、
白人の多いディベート部と黒人の多い陸上部で、待遇に差が出た。     
激しい紛争が巻き起こり、殴り合いも発生。     
お国柄、銃の携帯なども予想され、学校は閉鎖された。     
州軍が封鎖を解いた1週間後には、白人の大半は私学へ転校。     
僕はホストブラザーとともに、学年が終わるまでの残りの期間、     
黒がマジョリティになった学校に通い続けた。     
黄色い僕はただ意味も分からず、
ふわーっと浮いた感覚が残った。     
 
③バンクーバーと曽祖父のこと     
それから約12年後。
僕はカナダ・バンクーバーで燃料電池の開発の仕事をした。
彼の地は曽祖父が移住し、チャンバービジネスを起こし、
40人を超える人を雇って事業に育て上げた地。
でも太平洋戦争を機に全てを接収され、
無一文で帰国するはめになったという。
二宮金次郎生誕の地にある寺に預けられていた曽祖父は
相撲をとれば近隣で一番強かったといい、
日本に帰国してからは日本語は忘れた、
と嘯いて時折英語で話をしながら、
周辺をふらふらしてまわる変人だったという。
各地からの客人の絶えぬ家で、同居の5人の孫のなかで
唯一の男の子だった僕の父をとても可愛がった。
小田原から横浜のはずれまで馬に乗せて遠出をしたりして、
どうもやら世間さまとはだいぶ違った教育をしたようだ。
 
血。    
  
③北米企業に勤務する間に体感した多様性とビジネス上のヒエラルキー
バンクーバーのベンチャー企業のなかは、
米国やドイツの大手自動車メーカーとの  
共同開発プロジェクトをいくつもかかえ、
多国籍な環境であった。
日本からの駐在開発員・コーディネーターとして
滞在している間に、  エンジニアとテクノロジストと
テクニシャンといった職層ヒエラルキーの実態を学んだ。
学歴と、プレゼンテーション能力がほぼすべてを決める。
あとは政治的な位置。
いろんな国の人と一緒に仕事をした。     
インド、中国、フィリピン、イラン、ドイツ、韓国、マレーシア・・・     
職種構成はあきらかに、母国語や人種の違いを反映していた。
ドイツの大学院で物理を専攻していたイラン人の開発者が
肩身小さく、イオン膜の製作ラインに入りながら、
いつか意見を通してやる、と空しい足掻きを繰り返していたこと、
大連生まれで京大に留学したあとトヨタに就職し
パワステの開発をした電気屋さんが、  
ここでは英語がうまくないからといって、
簡単に首にされていったりする。
明日から来なくていいよ、の世界のドライさを眼前にした。     
でも、多様性の渦巻く職場は刺激的で緊張感があった。    
 
④アインランドとの出会い       
バンクーバーの同僚で僕が一番好きだったエンジニアは
バハマ生まれのどもりぐせのある人だったのだけど、
僕が会社を去る際、ウィスラーに一緒にスキーに行った帰りに
一冊の本をくれた。
彼が人生で一番影響を受けた本だと言っていた。
Ayn Randの"Fountainhead"(邦訳:「水源」)だった。
長大な本ではあったが、会社を辞めてバックパックを背負って、
中国やヨーロッパをウロウロするあいだ読み続けた。
そしてその後、彼女が書いた”AtlasShrugged”にも触れる。
世界には創造する人( Prime Mover )と、それを利用する人がいて、
その間には とてつもなく大きなギャップが存在している。  
力のある人間はそれに応じた報酬を得ていくべきだ、とする、
「リバタリアン」と呼ばれるハードでマッチョな哲学体系。
米国の知識人に聖書に次いで大きなインパクトを与えたという    
彼女の著作は圧倒的な力を持っていた。
僕の持っていたいくつも観念・イメージは打ち砕かれ、
アメリカという存在に少しだけ近づいたような気がした。
当時の日本にはそういう考え方はかなりレアだったけれど、
今ならもっと速やかに人のこころに沁みていくかもしれないな。 

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⑤Simon & Garfunkel の曲 ”America”

“Let us be lovers we’ll marry our fortunes together”
“I’ve got some real estate here in my bag”
So we bought a pack of cigarettes and Mrs. Wagner pies
 And we walked off to look for America
  
“Kathy,” I said as we boarded a Greyhound in Pittsburgh
 “Michigan seems like a dream to me now”
 It took me four days to hitchhike from Saginaw
 I’ve gone to look for America
 
 Laughing on the bus Playing games with the faces
 She said the man in the gabardine suit was a spy
 I said “Be careful his bowtie is really a camera”
 
“Toss me a cigarette, I think there’s one in my raincoat”
 “We smoked the last one an hour ago”
 So I looked at the scenery, she read her magazine
 And the moon rose over an open field
 
 “Kathy, I’m lost,” I said, though I knew she was sleeping
 I’m empty and aching and I don’t know why
 Counting the cars on the New Jersey Turnpike
 They’ve all gone to look for America
 All gone to look for America
 All gone to look for America  
 
アメリカ(America訳詞)
 
 「恋人同士でいさせて、ぼくたちは結婚してお互い幸せになるんだ」
 「少しだけどバッグの中にちゃんとした財産もあるよ」
 そう、タバコのパックとミセス・ワグナーのパイを買って そして、
 私たちはアメリカを探すために歩き出したんだ
 
 「キャシー」ピッツバーグでグレイハウンドに乗ったときに、
 ぼくは言った 「ミシガンは、ぼくには夢のように思えるよ」
 ぼくはサギノーからヒッチハイクして4日かかった
 ぼくがアメリカを探しに出て
 
 バスに乗って笑い いろんな面々とゲームして遊ぶ
 彼女はギャバジンのスーツを着た男はスパイだと言った
 私は「気を付けて、彼の蝶ネクタイは本当はカメラだ」と言った
  
「タバコをとって、ぼくのレインコートに1つあったと思うんだ」
 「最後の一本は1時間前に吸ってしまったわ」
 だからぼくは景色を見て、彼女は雑誌を読んだ
 そして、月が開らけた草原の上に昇った
  
「キャシー、ぼくは失くしてしまったんだ」
 彼女が寝むっていたのを知っていたのに、言ってみた
 ぼくは空虚で苦しいのに何故だか分からない
 ニュージャージーターンパイクで車を数える
 彼らはみんなアメリカを探しに出てきたんだ
 みんなアメリカを探しに出てきたんだ
 みんなアメリカを探しに出てきたんだ 
 

有機農業の日

12月8日は【有機農業の日】

 

organic-day.com

 

Facebookページはこちら

→ https://www.facebook.com/organicday1208

 

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有機農業推進法が制定されて今年で10年。

制定日の12月8日を「記念日」として盛り上げながら、

オーガニック・エコな「農」や「食」のかたち・暮らしを

もっと世の中に浸透させていこう、という取組です。

 

 

それにしても、そもそも「有機農業」の価値って、

一体どこにあるのでしょうか?

 

現在日本では、有機農産物といえば、ざっくり、

【農薬、化学肥料、遺伝子組換技術を使用しない】

生産方法でつくられたもの、として理解されています。

だ・か・ら、「安全安心」で身体にも環境にも優しい、と。

 

でも、実はこれ、正確な理解とは言いがたいです。

農薬や化学肥料を使わないからといって、

安全である、環境に優しい、とは限らないからです。

このことは「農法」を変えて、

自然農法とか、無肥料栽培とか、

ナチュラル路線の農法であっても同じことです。

 

一見、有機農業の「定義」に見える部分は、

逆向きに理解したほうがよいかもしれません。

 

「有機農業」に本気で取り組む仲間たちは、

いつだって、 自然環境をまもり、

食べる人の健康を持続できるような

農業生産や流通のかたちを模索し続けてきました。

 

そのためにも、伝統と革新、科学の知識を総合して、

生き物の多様性や、自然の循環を活用できるよう

今も工夫を重ね続けています。

そうして自然の下での生産の日々を通じて

得られた学びや感動を、食べてもらう人に伝え、

互いに顔の見える関係を築いてきたのです。

 

そんな取組を続けてきた人達のなかで、

共通の基本的理解として存在してきたのが、

★農薬はなるべく使わないほうが

  周囲環境への影響が少ない

★地球の資源・エネルギー消費を減らすためにも

  化成肥料はあまり使わないほうがいい

という知恵であり、

それはそれでひとつの解ではあります。

でも、オーガニックな社会を目指すためには、

事態をあまり単純化しすぎて、固執しすぎることは、

心理的な壁になってしまうかもしれませんね。

 

農業はいのちを育み、いのちを奪う、そんな営みです。

だからこそ、僕らは「食べる」ことを通じて、

多様ないのちを尊重しあうことを

学べるのではないかな、と思うのです。

 

経済活動として、あるいは

自らが生きながらえるため、

いのちを単なる「手段」として使うのではなく、

人と人、人と自然の豊かな関係、

【つながり】を守り育てていくこと。

「オーガニック」の本質はそんなところにあるのかな。

 

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僕は、今度の「有機農業の日」プロジェクトが

ブランド化、差別化、自己主張の場とせず、

世代を超えて、性別を超えて、国籍を超えて、

多種多様な人たちが互いにつながるイベントが

全国各地で生まれていけばいいな、

と、 まぁナイーブに、そんなことを考えています。

多様ないのちの存在を受け止める

「オーガニック」の仲間たちだからこそ、ね。

 

今、本当に大切なことは、つくる人も、たべる人も、

「食べる」がいのちの連鎖だということを

実感する場をつくることではないのかなぁ?

 

世の中厳しいなぁ、世知辛いなぁ、と、

ポツンと、ひとりで生きている気がするときも、

「食べる」ことを通じて、

世界とつながってるなぁ、

って実感することが、

とっても大切なんだと思っています。

 

みんなで一緒にごはんをつくろう。

みんなで一緒にごはんを食べよう。

お百姓さんや牧場の人たちが

精根こめて育てた食材を使って。

 

心のこもった本当においしいご飯食べていて

本気で喧嘩するのって、案外難しいんですから。

 

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自然界に様々な生き物がいるのと全く同じで、

人間の社会にも様々な考え方の人たちがいます。

そのそれぞれがいのちを燃やして生きている。

その多様性を最大限尊重しながらも、

互いがつながりあい、共に生きていく方法を探し続ける。

 

12月8日の有機農業の日が、これから

そんな社会を推し進める、

小さな一歩になればいいな、

と思うのでした。

 

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(参考)<有機農業のめざすもの>

      BY 日本有機農業研究会

  【安全で質のよい食べ物の生産】

  【環境を守る】

  【自然との共生】

  【地域自給と循環】

  【地力の維持培養】

  【生物の多様性を守る】

  【健全な飼養環境の保障】

  【人権と公正な労働の保障】

  【生産者と消費者の提携】

  【農の価値を広め、生命尊重の社会を築く】

 

不機嫌ゲームから脱出するために

 

 注意するとだまりこんでしまう新人、話しかけても目線も合わせない部下、とにかく否定から入る同僚、権威を振りかざして怒鳴る上司……などなど。
 不機嫌な人々がひしめきあう職場で、上機嫌でいることはなかなか難しいものです。

 

 実際のところ、他人の不機嫌に相対すると、「あの人が不機嫌なのは、自分に悪いところがあったからじゃないか」と考えてしまう人が案外多いものです。

 これは、不機嫌な人には、本人が意図していなくても、
「相手に負い目をおわせて、思い通りに操作しよう」という心理が働いているせいです。

 気に入らないことがあると黙り込んでしまう人をときどき見かけますが、不機嫌な人は、自分がだんまりを続けていれば、相手が「もしかして自分が何か悪いことをしたのでは?」と不安になって、ご機嫌をとってくれるかもしれないと期待しています。このように、不機嫌な人は、目線を合わせなかったり舌打ちしたりすることで気に入らない物事にNGを出し、相手が自分の望みを相手が汲み取るように仕向けるのです。

 ここで相手の不機嫌に動揺すると、自分まで不機嫌に感染してしまいます。

 他人の不機嫌に感染しないためには、「問題のありか」をはっきりさせるとよいでしょう。そもそも、不機嫌の原因がどこにあったとしても、不機嫌を表現しているのは、まぎれもなく不機嫌な本人です。不機嫌を表に出すかどうかは本人の問題であって、あなたの問題ではありません。自分に非がないことがはっきりしているのなら、「あの人の不機嫌は、あの人の問題。私の問題ではないな」と意識して、不機嫌な人の策略に乗らないようにしましょう。

 

toyokeizai.net

 

  こういうことを率直に議論して

 軽やかに超えていける空気をつくっていきたいなぁ。

  

 上手くいっていない関係や状態をズルズルと続けてしまうと

 不機嫌な空気が定着してしまうもの。

  

 日本人の陥りやすい、

 「空気読め」を相手に強制したり、

 「普通」を押しつけたりする事態は、

 不毛な結果を生むばかりだ。

 

 自分はこれだけコツコツ頑張っているのに

 相手(周り)はマイペースに勝手に楽しんでいる・・・

 そんな満たされない気持ちは、

 やがて相手を怨む気持ちに変わっていく。

  

 感情に流され、振り回されるのでなく、

 さりとて見て見ぬふりして逃げるのでもなく、

 生成された現実ときちんと向き合うこと。

 これが事を成していくうえで最も大切なこと。

 

 家族でも、会社でも、地域でも、国家でも、

 結局のところ、感情がきちんと表現されれば、

 物事はそれほど悪いことにならないことが多い。

 

 沈黙の井戸に放り込むより

 葛藤・闘争(conflict=コンフリクト) を恐れずに

 素直に自分を表出できるようにしたい。

 

 押し殺して溜めこまれた感情に

 じわじわと焼かれるより、

 事態と正面からきちんと向き合って

 乗り越えるための方法を考える。

 今の僕は、そっちを選ぶ。

 

 狭い人間関係のなか、

 憎くて殺したくなるような相手がいても、

 それでも共に生きていかなきゃいけない、

 そんな状況だって、実際には儘あるわけで。

 

 いくつもの修羅場をこなすうちに、

 人と人とが共に生きていくための知恵、

 ちょうど良い距離みたいなものが

 ぼんやりと見えてくる部分もある。 

 

 厳しい状況でギスギスするなかでも、

 「機嫌がいい方がいいよね、普通」

 とぶった切ってしまうのではなく、

 不機嫌になった相手のこころを拾い上げ

 ともに乗り越えていく道を探したい。

 

 きっとそれは、心の機微ともいうもの。

  

 どんなに意地悪な人にだって

 与えられた役割がある。

 何かやっぱりそう信じてみたい。

 

 闘争の関係でもなく

 無関心の関係でもなく、

 支配・被支配の関係でもなく、

 ただフラットに、共に創っていく関係。

 それをどう構築していくか。

 

 学びは続く。

 

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年金運用のこと

 
なるほど。
 
 
年金の運用がうまくいっていないらしい、
 
さぁどうしよう、という件に関して。
 
国民の相互扶助の仕組みとして 今の年金という制度を維持するのであれば、
 
現実的に利回りを確保しなければならない。
 
その利回りをきっちり稼ごうとすれば、
 
人口動態を考えて、成長の可能性という意味で
 
圧倒的に不利な日本国内向けに投資するよりも、
 
海外に投資する割合を増やすことは必然。
 
受給者に対しての責務を果たしていることになる。
 
 
むしろここでの本質的な課題は
 
年金の運用チームに本当に優秀なトレーダーを
 
今後も採用していく力が国民にあるかどうか、
 
ということになるかもしれない。
 
彼らの働きに報いることができるような
 
雇い主としての国民。
 
 
年金焦げた。
 
責任誰がどうやってとる?
 
きっと誰かが悪意で滅ぼしているに違いない、
 
そいつらを呪ってやる~というような心情に流れることなく、
 
現実をしっかり見つめ、根底に横たわる
 
構造的な課題に切り込んでいけるかどうか。
 
 
僕らは愚かで弱い。
 
素人考えで判断して人の話をろくに咀嚼もせず、
 
耳当たりのよい話、逆にちょっと不安になるような話で
 
いちいち右に左になびくような、
 
葦のような人間であるのも事実だ。
 
そんな僕らにいったい何ができるだろう?
 
 
結局のところ、人に仕事を委ねるということは
 
相手のなかにある真心、倫理性に賭ける、
 
ということでしかない気がする。
 
 
仕事を任せて権限を与える以上、
 
その人のこころのなかまできちんと見極めたかどうか、
 
託す側に大きな責任があると言わざるを得ない。
 
 
っていうか、経営というのはそういうものだ。
 
国民である時点で国の経営者となる、
 
そんな民主主義という仕組みのなかで
 
一人一人はその経営責任を果たしているのかどうか?
 
 
※「センキョ」だけでことが済むはずもなく、
 
  日々の自らの行動そのものが、周りに影響を及ぼす、
 
  つまりは「政治」なのだと思います。
 
 
我が身を振り返ればまだまだ未熟。
 
今日も、明日も、人間磨き。
 
いのちの在り方をしっかり見つめられるよう。