日々の雑感

忍びの里、伊賀の地より。オーガニックとは? 「本物」はどこに?

家族は音楽

ibaya.hatenablog.com



これいいなぁ⇒【家族は音楽のように変化をする】


いままで、家族と言えば(音楽で言えばアルバムのように)
ひとつの固定的なまとまりとして語られることが多かった。
しかし、これからは『個』が強く浮き出る【これまでにあった
境界線のようなものが溶け出していく】時代になる。
ひとりがひとつの音楽になり、その音楽が加えられている
プレイリストが『家族』というものになる。
そのため、ひとつの曲が様々なプレイリストに
加えられていくというのは当然の現象となり、
結果として「誰もが複数個の家族を持つ」流れになるだろう

ここ最近、これからの「家族」のあり方について

考え続けていたところへ、ストンと入ってきました。

.

多様性の時代。

ひとりひとりの感情や文化の源泉である「家族」。

今は自分自身を思う存分発揮できるよう

「家族をエンジニアリングする」

ことが求められているように感じます。

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守り育てられ

反抗期を経て

執着を手放して自立する

.

守~破~離

.

これって「道」とも似ていますね。

「家族」はいつだって【自立と共生】の鍵。

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男と女

親と子

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僕らはどんな音楽を奏でていくのだろうか?

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★そうだ、これも読みたかったんだ。

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★母と子。技術がもたらす未来。

動的平衡を考える(その1)~国家と生態系

朝鮮半島を巡る緊張を眺めながら感じたのは

我が身の危険的なものでは全然なくて、

これからの世界はどうなっていくのか、

僕らはこの現代社会をどう生きていくのかを

「立体的に」捉えることの重要性でした。

 

国家間のやりとりは自分達に関係ないどころか

身近な人間関係の在り方と密接に繋がっており、

むしろリアルな拡大投影図のように感じられたのです。

 

で、どっぶりと浸って色々考えていたのですが、

なかなかキレイにまとまりきらないので

頭に浮かんだいくつかのイメージを足早に浚って

今後の思索の足場にしていきたいと思います。

 


★「国家」という統合形態の限界と来るべき共同性

今回の一連の出来事は「国家」間の争いですよね。

ただ、その前提となっている「国家」の意味は何だろう。

少し前の記事で目を引いたものがあったので引用します。

・第一の国家観では、国家を、ひとりひとりの人間の

  共存と福祉のための公共財である機械装置と考える。

 

・第二の国家観では、国家はひとりひとりの生命を超えた、

  より高次の崇高なる集合的生命とみなされる。 

この記事の著者は「個」を土台にした第一の国家の側に立ち、

全体主義的な国家の危険性を指摘し、批判します。

gendai.ismedia.jp

 

とはいえ、現代の混沌とした時代情勢のなかで

「ひとりひとりの生命を超えた集合的生命」

の存在が強く求められているのは紛れもない事実。

それでも、これほどまで多様化した社会のなかで

その標を国家に求めてよいのか、ということが

問題になっているように思います。

(「ムラ」「会社」あるいは「家族」でも同じこと。)

 

僕自身の感覚では、多様性~カオスに飲み込まれて

「集合態」と化した国家に「共同性」を求めることは

もはや救いにならないように感じられます。

 

孤立し荒んでいく「個」の心を満たすために

「神」の存在をどこに見出していくのか、

その実体を構成する組織態はどんなものになるのか?

 

ひとりひとりの物心両面を支えてくためには

単一のわかりやすい<象徴>で統合するよりも

幾重ものレイヤーが重ねられるような

構造が求められているのかもしれません。

 

歴史を振り返ってみると、宗教と国家とが

完全に切り離された状態というのは

かなり不自然な状態なのですよね。

「科学」「合理性」も一種の宗教と捉え、

その基盤が揺らいでいる現在の時代情勢を

どんな風にとらえればよいのでしょう。

 

ふと、歴史家トインビーを思い出してググっていたら、

松岡正剛氏のブログがヒットし、ここでのテーマ、

「現代の受けている挑戦」を乗り越える方法の一つとして

ディアスポラ~「散在体」について書かれていました。

 

「散在体」とは、移動する共同体であって

記憶をもったコモンズであり、

電子の網をつかった情報の複合体でありつつ、

応答をこそソリューションとする

プロセス組織というようなものなのではないか 

  705夜『現代が受けている挑戦』アーノルド・トインビー|松岡正剛の千夜千冊

 

変化の時。

 

既存の枠組を少しずつ解体しながら

人のつながりの新しいかたちを

模索していく時代なのだと思います。

 

外の世界を見ず、思考停止をして、

酔っぱらいのように全体主義を夢見つづける

「井の中の蛙」とどう対峙していくのか。

ハードに行くのか、ソフトに行くのか。

 

これぞまさに「政治」というもの。

 

 

★「生態系」という考え方

僕は「自立と共生」ということをテーマにして

有機農業に取り組んできましたが、

この業界では長らく「農薬」の使用について

色々と議論が交わされてきた経緯があります。

 

で、ふと思ったのですが、

農薬をどのように使うかということと

軍事力をどのように使うかということは

とても良く似ているようなのです。

 

虫や病気の存在を「悪」と決めつけて

農薬で徹底殲滅するという考え方を止めて

「生態系」全体のなかでの彼らの働きを意識して

取り得るオプションを模索するのが

オーガニックなスタイル。

これは持続可能な形で自然と人との関係を

築いていくうえでとても大切な思考法です。

 

でも消費者の側では、そんな僕らの想いとは関係なく、

我が身の安全のために「農薬」は使うべきでない、と

不安に煽られ奇妙な視野狭窄を起こす人が続出し、

「無農薬」というキーワードが独り歩きしました。

売る側もそれに迎合して調子よくやっているうちに

異常に単純化された図式が世に定着したのです。

 

「無農薬」=「平和」

 

同じような思考回路の定着メカニズムを感じます。

 

僕は社会や生態系そのものを<いのち>とみたとき、

それが「健康」という状態があると思っています。

そしてそれを実現するためには、

その構成要素となる人(細胞)に

ひとりひとりが自らの足で立ちながら、

共に生きているという現実を見失わない、

バランス感覚のようなものが要求されます。

応分の「リスク」の取り方、とも言っていい。

 

有機農業という方法論を用いてきたのは

そのための知恵を磨くためだったように思います。

 

守られ続けるうちに甘え、麻痺していきがちな

ヒトの本質的な「弱さ」と向き合いながら

次の時代を創っていくにはどうしたらよいか、

そのあたりのヒントが今回の事件のなかには

あったような気がしてなりません。

 

。。。

 

今日のところはこのあたりまで。

あと考えていたことは次のようなこと。

また時間があるときにまとめてみます。

 

★動的平衡を意識する

 

★秩序と無秩序のあいだ

 

★リーダーという機能

 

★家族をエンジニアリングする

 

 

 

 

春ですね。

伊賀の桜もそろそろ見納め。

 

しばらく続いた長雨が去って

昨日はひさしぶりに良い天気。

きゅうりの植え付け準備のため、畑に出て

昨秋から置きっぱなしになっていた

いんげんのアーチの片づけをしました。

 

3月中ごろに久々に深刻な喘息発作~増悪で

ひやりとしたので、治療の方針を転換。

掛かりつけの漢方のお医者さんを変えました。

これが良かったようで最近は心身とも

ずいぶん調子が良くなってきました。

色々なことが一気に良いほうに動き出した

そんな感じがするこの頃です。

 

。。。

 

で、

 

世界が大きく動きはじめましたね。

情報を読み解くためには心してかからないと

すぐに「井の中の蛙」、トラップにはまってしまいます。

バランスよく、現実を見つめていきたいところです。

 

www.express.co.uk

www.afpbb.com

www.huffingtonpost.jp

www.cbsnews.com

www.facebook.com

 

もろもろキナ臭い動きが続いていますが、

それほど悪い感じはしないのは何故でしょう?

起こるべきことはどのみちやがて起こるという感じ。

何が起ころうと、現実を正面からしっかり見つめ

淡々と暮らしをつくっていく腹を決めよう、

ということかもしれません。

 

<いのち>を見つめ続ける。

 

。。。

 

ところで、昨日目に入った坂爪さんの投稿には

改めて勇気をもらえました(下記リンク)。

 

今の世界、表面的な出来事を追いかけて

誰が良い悪いというような水掛け論や

泥縄的な対症療法を続けていたって

結局のところ何も変わらないと思うのです。

 

渦の中心にある人たちの心の在り方を

しっかり見つめることこそ、

本質的な解決に近づく方法だと感じます。

中でもとりわけ重要なのは家族の在り方。

彼の提案する「ごちゃまぜ家族」に

大きな可能性を感じます。

 

ibaya.hatenablog.com

 

t.co

 

回り道に感じられますが、

いかなる場面においても一人一人が自立すること、

つまり自尊心をしっかり持てるようになることが

社会を豊かにしていくために重要な鍵になりそう。

 そしてその土台を為すのは「全能感」なんですね。

 

自尊心がある人間は、周りの顔色を窺い続け、

「分かったような」顔をする大人にはならないのです。

オリジナルであること、自負があるからこそ、

他者の存在にきちんと向き合うことができる。

 

「芯」

 

axia-co.com

 

www.amazon.co.jp

 

 

。。。

 

てなことで。

世界の動きには目を向け続けながら

ひとりひとりの心、足元の暮らしを見つめ

<いのち>を大切にするにはどうすればよいか?

そのためのインフラについて考え続けています。

 

アフリカで合田氏がやってる取り組みも面白いし、

ブロックチェーンの先行きについても継続フォロー中。

 

www.technologyreview.jp

 

www.dhbr.net

 

そんな時代背景を踏まえたうえで

僕らはこれからどんなサービスを提供していこうか?

ずいぶん長い間、思考・試行を繰り返していましたが、

いい加減その辺の道筋も明らかに。

 

ということで、

伊賀ベジとへんこの新しい枠組について

Websiteで表現しようと現在奮闘中です。

近日公開予定。

 

さぁ世直しはじめましょ。

「根っこ」から。

【オーガニック】はどこへ行く?

www.yomiuri.co.jp

 

日本最大の野菜農家。

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「有機農業」とか「循環」とかを考える者は

イオンさんの動きから目を離せないですねぇ。

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少し前に県内のイオンのお店を覗いたら

オーガニックコーナーがすっかり充実していて

自社のJAS有機野菜がズラッと並んでました。

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イオンアグリ創造の方とも会議などでご一緒して

お話しをお聞きする機会がありますが、

戦略策定・流通連携・人材育成など

長期展望に立って動かれている印象です。

個別農家がバラバラに動いているようでは

とても太刀打ちできないような

組織的な動きの威力を感じます。

日本に有機農産物(JAS)を広げる、

という意味での寄与はとても大きいのでは?

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オーガニックスーパー「ビオ・セボン」

立ち上げから一息、苦戦の噂も耳に入ってきますが、

創業時の模索なんてそういうもんだと思うし、

母体の体力を考えればある意味想定の範囲内?

担当者の腹さえ決まっているなら

ジワジワと伸びてくるんじゃないのかなぁ。

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食品残さの再資源化事業の話も載ってます。

これってこれからの時代、循環型の社会を

創り上げていくためには欠かせない視点ですね。

関西では「大栄環境」がタッグを組んでます。

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この会社は伊賀市では「三重中央開発」として

最終処分場を運営し、最新鋭の設備で

あらゆるゴミ(放射性廃棄物を含む)の

リサイクル/埋めたて処理を行っています。

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2012年に三重県による震災がれきの

受け入れが問題になった際に、

ちょっとした話題になった場所でもあります。

僕の人生は、この出来事をきっかけに

大きく転換を迫られたのでした。

(記事)

www.facebook.com

(要望書)

www.facebook.com

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当時は諸々悩み苦しむ時間が続いたけれど、

その後、国のガイドラインの転換により、

8000ベクレル以下の放射性物質は

一般廃棄物として扱えるようになったため、

今は全国の処分場に運ばれています。

(参考)

saigaijyouhou.com

(常総市の水害による土砂の三重運び込み)

blog.goo.ne.jp

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西日本最大級の最終処分場のある伊賀市予野地区。

三重中央開発の用地買収は順調に進み、

今も大幅拡張工事が展開していて、

近辺を通ると巨大ピラミッド(埋めたて処理の山)が

立ち並ぶ、なかなか壮観な光景になっています。

f:id:Kunihiko_Murayama:20161231174753j:plain

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地元の在所の人たちの過半は従業員など関係者で、

会社は寄付や清掃活動など地域貢献にも熱心です。

用地の買収は最初は子会社の農業生産法人が行い、

それが数年後に処分場として用地転用されていく形。

国のパイロット事業で造成した農地が主ですが、

米や野菜を作ったところで収入は知れたもの。

土地を高値で買収してくれるなら言うことなしです。

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だから、こうした事業の展開に疑義を挟むこと、

異を唱えることは、とても難しい選択になります。

基地や原発が立地しているところと似た構造ですね。

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この国には、どこかで誰かが引き受け、

己の生命を削りながらでも、

向き合い続けなければいけない問題がある。

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そうです。

その通りです。

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メルトスルーのため汚染が深刻なフクイチ。

気の遠くなるような廃炉作業が続いています。

(参考)

d.hatena.ne.jp

(フクイチ廃炉作業員らに寄り添う吉川さん)

www.buzzfeed.com

.

困っている人、苦しんでいる人たちが居る。

その痛みを少しでも自分達が背負えるなら・・・

こうした想いは本当に大切にしたい。

だけど、その想いを利用し、踏み台にして、

己の利を追及することは慎まなければなりません。

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お金でも、権力でも、権威でも、

力を持つ者が腐敗することを止めるのは

本当に容易ではないのだと感じます。

.

ちっぽけな我が身を振り返ってみても、

現場で一人で畑作業をしていたときと

会社を経営するようになったときとでは

精神を凛と維持する困難さは全く違います。

楽しよう、考えるのは止めよう、と、

どうしてもなってしまうのは、

ある意味人間の根底にある習性なのでしょう。

.

だからこそ、トップダウンの判断だけに依存し、

周囲はあまり深入りせずに忖度して、

公に見えないところで粛々と物事を進める姿勢は

やがて本当に国を亡ぼすのではないか、

という気がしてならないです。

.

ひとり、ひとりが自分の頭で考え、

知恵を出し合い続けて皆で生きていく。

そのことを何より大切にしたい。

.

二宮尊徳の語った「天道」と「人道」

そのあたりに大きなヒントがありそうです。

.

僕たちが生きるこの社会は、

自分たちの未来を

どんなふうに描いているでしょうか?

.

僕らは僕らなりのアプローチで

より良い時代を創っていきたい。

その想いを大切にしながら、

笑みを絶やさず、優しさを忘れず、

日々を生きていきたいと願うばかりです。

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オーガニックとは。

ひとつひとつの「いのち」の価値を

最大限に尊重し続ける意志。

そんな生き様。

 

311

6年。

僕らは何を学び、何を為したか。

<いのち>

<つながり>

己に出来ることは本当に限られているけれど

僕は僕という存在を真っすぐに受け止めて

来る日、来る日を全力で生き続けたい。

色即是空 

空即是色

一筋のひもが結ばれ、解かれるように、

ひとつ、ひとつの生命が

生まれ、滅するなかで、

描かれる世界の物語が

どこまでも豊穣たらんことを。

この世に無駄なことなどない。

いのちよ蔓延れ。

生産性 雑感

「生産性」という言葉を聞くと冷たく、殺伐とした印象を抱くひとがいる。
それはこの言葉のイメージが、その人のなかで「評価」と結び付いているからだと思う。

勉強や仕事ができる、できない、その格付けから自分の未来が大きく影響を受けると感じていれば、「評価」の匂いがするものには敏感にならざるを得ないだろう。
日本人の傾向として、自分が周囲からどう思われているかを気にし続ける(怯え続ける)ケースは非常に多い。
これは学校教育において、基準となる「正しいこと」が先にあって、そこに足りない部分を粗探しする、いわゆる減点法が行われてきた弊害も大きいだろう。
100点満点のテストとか、平均点とか、偏差値とか、よくできました、とか。

でも今の時代に求められる生産性とは、間違いや無駄を探すことではなく、むしろ常に枠を越えて改良すること、新しいものを創造することにある。
創造とは、一方向の強い磁場(秩序)の影響下ではなく、豊かな多様性(カオス)のなかでしか起こらない出来事だ。

その意味で、今、日本人が生産性を向上するには、横並びの中で叱られるのではないか、とビクビクとしている心に気付き、その苦しみから自由になって、伸び伸びと自己表現できる時間と場所、「安全な港」を確保することが一番効果的なのかもしれない。

で、それをどこで実践するかだけど、狭い共同牲のなかに閉じ込もらず、広く世界に開いた関係を体験できる、切磋琢磨の場という意味で、ベストな場所は案外「ビジネス」にあるかもしれないと思う、今日この頃。

日本の生産性の水準

Yahoo! JAPAN
Chief Strategy Officer 

安宅 和⼈氏


“シン・ニホン”

AI×データ時代における

⽇本の再⽣と⼈材育成


http://www.meti.go.jp/committee/sankoushin/shin_sangyoukouzou/pdf/013_06_00.pdf

 

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井の中の蛙をやめて、世界を知ろう。

情報産業革命に付いていけないために

世界における日本の生産性の水準が

相対的に激しく低下していることに気付こう。

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とりわけローカル社会ではこのあたりの感度はとても鈍い。

アフリカ行ったってスマホ当たり前に使う時代なんだよ~。

生産性の低い国はズブズブと沼にはまっていくんだから。。。

エネルギーも肥料も容易に買えなくなるくらい貧しくなれば

やがて食べものだってろくなモン作れなくなるよ~。

邪なやつが搾取しているとか言ってる暇があれば

少しでも自ら新しい技術を学んで皆の生産性を上げよう。

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自分は世界のことをわかっていると勘違いしている

脳内化石化した「じゃまオジ」たちを早く蹴り出して

農と食に携わる人材確保~育成も何とかしていくべし。

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データ解析 × ビジネスセンス × エンジニアリング

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これからの日本の「食」を支える産業にとっても

不可欠な要素になっていくに違いない。